Good-bye

 バイトさんは、昨日、5月31日で、勤務終了であった。
 目指してる資格の試験勉強のため、5月いっぱいで辞めることとなったのだ。
 そして、彼女にとっての勤務最終日は、僕にとって彼女と顔をあわせる最後の日となった。

 
 5月28日の欄でも書いたが、僕は、彼女に振られた。
 きっかけは、僕が仕事で思うようにいかなくて、グチのメールを彼女に送ったことだ。彼女はそれをしっかりと受け止め、誠実で丁寧なメールを返してくれた。正直、そこまでしっかりした対応をしてくれる人だとは思っていなかったので、かなり嬉しかった。そして、その嬉しさのあまり、彼女にお礼を言おうと、電話をかけた。
 お礼だけ言ってすぐに切り上げようと思った電話だったが、話していると、話題が尽きず、するすると流れるような時間が過ぎた。
 「ずっとこの時間に浸っていたい。」そう思った刹那、彼女から、唐突な通告。
 「彼氏が、私と○○くん(僕)の関係を怪しんでいる。私の携帯の○○くんの番号が着信拒否設定にされるかもしれない。」
 とのこと。
 あせった。
 そして、心に、嫌な感触が広がっていった。
 透明なアイスティーにミルクを注ぐと、あっという間に濁っていくような感じ。
 思ったのは、「思いをしっかりとぶつけられるチャンスは、これが最後になるんではないか?この機会を逃せば、自分は一生悔やむことになるかもしれない・・・」ということ。
 そして、自分の思いの限りを、打ち明けた。
 自分は彼女のことが大好きであること。彼女の人生が輝くことを願っていること。今彼氏のことが好きなのはわかったが、自分にわずかでもチャンスがあるなら、彼女の気持ちを傾かせる熱意を持っていること。今のまま、友達としかやっていけないのは辛いということ。男として見てくれるか、さもなくば、(会っているとせつなくて苦しくなるので)しばらく距離を置きたいということ。
 彼女は、泣き声で言った。
 「自分のことをそこまで想ってくれて、すごく嬉しい。でも、自分は、彼氏のことが本気で好き。今は彼氏意外考えられない。なんでこんなことになったんだろう。自分がバカだった。○○くんとは、深い話のできる友達だと思っていた。話していて楽しいし、ずっと友達としてやっていきたい。○○くんと離れたくない・・・」
 要は、振られたのだ。しかし、彼女は、僕のことを男としては見れないが、友達としてはぜひ関係を続けたいという。告白して振られたのは自分なのに、なぜか気づくと僕が彼女をなぐさめる立場になっていた。「まあまあ、それだったら俺とつきあえばいいじゃん笑」とか「縁があれば、またいつかめぐり合う日が来るよ。そんときは俺に別の彼女がいるかもしれんしな笑」とか。「一般的には、友達を失うことの辛さよりも、好きな人に愛を受け入れてもらえない辛さの方が上回ると思うんですけど(自分の方が、よっぽど泣きたいんだけど、の意)・・・」と言ってみたが、あまり伝わらなかったようだ。これは新手の拷問なんだろうか?などと、感じずにはいられなかった。
 結局その日は、7時間近く話し続けていた。こんなのは初めてである。一生忘れまい。
 で、僕は振られたことは振られたのだが、彼女の「友達としてやっていきたい」発言があった関係で、結局うやむやに話が終わってしまった。僕も彼女の態度が不安定なのにつけこんで、「○○さん(彼女)の気持ちが傾いてくることを確信してるから。彼氏とケンカしたら連絡して。思いっきりなぐさめてあげよう」などと言って、チャンスの芽を摘みきらないようにした。


 で、30日の夜。彼女から、メールが来た。
 「やはり、私は彼氏が好き。彼氏以外の人とはつきあえない。彼氏と誠実に向き合いたい。○○くんとは友達でやってきたいと思ったけど、やはりそれは無理だね。考えて、理解した。○○くんは、私のこと、嫌いになるかもしれない。でも、私は、○○くんに感謝している。この気持ちはずっと忘れません。」
 ・・・涙があふれてきた。
 ひとつは、今度こそ、決然たる別れを告げられたこと。
 もうひとつは、あらためて、彼女の誠実さ、真摯さを、見せつけられたこと。
 彼氏とだけでなく、僕に対しても、こうしてしっかり向き合い、茶化すでもかわすでもぞんざいに扱うでもなく、真剣な対応をしてくれた。悔しさ、無念さ、せつなさ、むなしさ、、、、、いろんな負の感情はあれど、感謝と敬意、このふたつの想いも、確かに、僕の心の中に暖かなものとして残った。


 そして、31日。彼女の、勤務終了日。
 勤務時間終了間際の夕方、彼女を職場の地下に呼び出した。
 「最後にふたつ、伝えたいことがあります。」
 僕は切り出した。
 「ひとつは、○○さんと接したこの3か月間、どうもありがとう。
 いろいろアプローチしたことも、感謝こそすれ、後悔はしていない。
 人生の素晴らしさを、改めて気付かせてくれたから。
 出会えてよかった。
 もうひとつ。○○さんのこれからの人生を、僕は応援している。
 本気で好きになった人のことだから、なおさらそう思う。
 これから受験勉強なんかでしんどいときもあるだろうけど、僕は陰からエールを贈っています。」
 彼女は本当に優しい目で、そして、泣いてるのか笑っているのか辛いのか、はたまたその全てなのかよくわからない表情で、僕に返した。
 「こちらこそ、本当にありがとう。
 ○○くんのことは、会えなくても、ずっと応援してる。
 私も、○○くんに会えて、仲の良い友達になれて、本当によかった。
 またいつか、会えるよね。
 そのときは、○○くんに彼女がいて、私は独り身かもしれないね。
 ・・・○○くん、最後に、握手しようか」
 ・・・実は僕も、握手することを切り出そうと思っていた。
 壊れ物に手を触れるように、そっと、彼女の手を握る。
 毎日、想い続けた、彼女の姿。
 今、その彼女が、目の前にいて、自分と手を握っている。肩の上には、整った愛くるしい顔。
 今日は、勤務最終日。職場で顔を合わせることもなくなる。
 これが、今生の別れかもしれない。もう、二度とこの優しい笑顔を目にすることもないのかもしれない。
 このまま彼女の手を引っ張り、駆け出したい衝動に襲われる。
 とまどい、あせり、後悔、悲哀、絶望、せつなさ、、、、、いろんな思いが、一瞬のうちに頭をよぎる。
 それらを全て引き受け、それでもなお、前に進まないといけないのか。人生とは、かくも過酷なものなのか。
 しかし、そうまでして、生きる理由が僕にはある。
 人を好きになるということは、真に素晴らしいことだから。
 人生において、何百、何千の苦痛を抱え、それでもなお、僕たちに光を与えてくれる尊い営みだから。
 彼女との出会いは、そのことを僕に教えてくれた。

 
 ポジティブな言葉をいくら重ねても、僕の心に深い傷跡があることは間違いない。
 その傷跡を抱え、僕は生きてゆく。
 また、いつの日か、魂の震えるような、涙で顔をくしゃくしゃにするような、そんな日が訪れると信じて。 そのとき、僕は彼女にこう手紙を書こう。
 「○○さん、お元気ですか?
  僕はとっても元気です。
  というのも、実は彼女ができました。
  これから当分の間、僕ののろけ話につきあってもらいますよ笑!」